カテゴリ:ふるさとの歴史・文化( 114 )

春吟行(宅野)

毎月最終日曜日は薄墨句会

4月29日
吟行で宅野を吟行しました

宅野出身の俳句の大先輩の案内
俳句が盛んであったと土地柄と聞く

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宅野八幡宮

源氏の氏神八幡宮
足利義満の命による創建


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境内社の貴船神社
この日4月29日が例大祭
午後からがお祭りとか
神楽囃子の練習中

潮の香に神楽囃子に春の風
歩地爺


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子供相撲が奉納される

盛砂の清き土俵に風光る
歩地爺


宅野の町は
廻船の泉家
醤油酒後に鈩の藤間家
の二大財閥によって成長した町

両家の繁栄支えもあって俳句が盛んな土地であったげな


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ぼら飛ぶや夕映えの波と一文字
延流

延流氏:本名泉伸、句歴七十年、教員生活の後宅野村長仁摩町長を歴任

「句碑はこごろ石である」とある。
こごろ石・・調べるけど判らん。。


わからんが・・・

波止借景の句碑こごろ石
歩地爺


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拝殿には献額多数

天:南朝を説く声寒し花吹雪
地:暮るゝ日や雪にちからの見えて降る
人:咲くに散るに及ぶものなき桜かな

その昔、今でいう特選を天・地・人というたらしい。

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異議なし!!


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能舞台の献額:西南戦争図と鮫の鰭


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春祭り地震の傷跡残りけり
歩地爺


宅野の町をぶらり


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面白アート

栄し路地通り抜く春風
歩地爺


宅野港を歩く

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南沙織♪潮風のメレディ♪が口を突く

潮風のメロディ奏で山笑ふ
歩地爺

波止場突端に浮かぶ島
韓島

島には韓島神社
須佐之男命が韓国より埴舟に乗ってきたとき
はじめて舟泊りした島だげな
島には須佐之男命の御子神である
五十猛命・大屋津姫命・抓津姫命も父神と韓島に立寄り
塗れた衣を着替えたという洞窟もあるだげな


夕刻
GWで東京から福岡に帰省する途中のkuriちゃんが
地震見舞いに立寄ってくれた

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夕日を眺めバーベキュー


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歩地がごせごせと煩く吠える


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満月の前夜だった

kuriちゃん ありがとね^^
利尻礼文で会いましょう
よろしくねーー



ごきげんよう さようなら






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by tombee-yanaze | 2018-05-02 05:08 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(12)

茶所松江

茶所松江の記事の前に

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和田孝夫絵画教室
好評開催中
入場無料(コーヒーお茶菓子付き)
生徒の意年間の成果を見ていただきたいな

4月15日まで 残り3日
お誘いあわせの上
お出かけください


4月4日
地震で中断していた松江記事

明々庵から

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松江歴史館へ

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本能寺の変
ー再考 何が明智光秀を決起させたかー

会場は写真撮影禁止

期待したほどじゃなかったが

室町幕府を再興したかったんじゃないかと・・
最近の見つかった手紙からいえるんじゃないかと

そんな内容でした


喫茶室?で・・・
松平不昧公没後200大年祭に向けて

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茶所松江の和菓子を
匠が手作り中でした
すごい技にびっりでした
食べるのがもったいないくらい

このお菓子で
抹茶もよばれられますが
時間がなくて見るだけ。。

カミさんでもいれば買ってかえるだっただども・・・

次回はよばれたいとおもいます

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100%砂糖菓子
(展示品)



松平不昧公ゆかりの茶室がある

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高松山普門院
不昧公がたびたび訪れたという
観月庵
享和元年(1801年)に建てられた細川三斎流の茶室
小泉八雲も、ここでお茶の手ほどきを受けたことがある
だげなです


だけど・・・

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入り口の前に
「まことに勝手ながら「観月庵」の拝顔はおやすみさせていただきます」
のボード。。
なんたことだら せっかく来ただに・・・。。

横の方に回ってみると

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塀の手前から撮らせていただきました


最後の目的地は
松江藩の御家老様の山荘だった
菅田庵と向月亭
ナビで山ん中へ

・・で

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はあ?
工事中だに
現場事務所に寄ったら職員さんが二人
「はあ? 工事中だに。。」
ここでもなんたことだら
知らんかったに。。

松江もいいとこだなん
没後200年祭が始まったら
またきてみろかなん


おまけ

地震の傷跡が日を追うごとに・・
やどの近所でも屋根にブルーシートが目立ち
よく見ると外壁も塗り直さないけんほどダメージ

調査員が回り始め
赤紙・黄色紙を貼って回ちょるげな

よーわからんけど
地盤・外観・内部で違う判定をするだげな

やどでも新たな発見

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ちらっと見て世話ないと思っていた廊下の水屋
実は扉が開いて陶器類が下に落っこちて・・
片付けに1時間以上かかっただに。。
やれんなん。。


ごきげんよう さようなら






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by tombee-yanaze | 2018-04-13 05:35 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(10)

明々庵

4月4日

月照寺を出て明々庵に向かう
不昧公没後200年の今年
ゆかりの茶室を訪ねててみたくなった

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園山俊二のお堀端
そういえば松江市の出身だったなあ


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消防車ではありません
観光地を回る周遊バス


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武家屋敷
田部美術館は
道路凍結騒ぎの帰りに寄った
吉田町の土蔵群の
田部家の美術館


武家屋敷をちょっこし入った高台

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なんとも素敵な空間が


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ナガバタチツボスミレが迎えてくれた

明々庵に誘ふやうにすみれ草
歩地爺


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椿も

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門の向こうに待合が見える



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これが赤山茶道会館かな?


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向かい合うように明々庵


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待合


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躙口から覗いてみる


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二畳半くらいの小間
床の間の軸は
不昧公の筆


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四畳半だったかな


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水屋


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のんとも落ち着いた空間
藩の財政が厳しい時代に
殿さまだからできた道楽


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高台の花のひとひら松江城
歩地爺



松平不昧公

不昧公寿像 宝暦元年(1751)~文政元年(1818)雲州松江藩七代藩主、幼名を鶴太郎、名を治郷(はるさと)といい、未央庵(みおうあん)・一々斎(いちいちさい)・宗納(そうのう)・不昧などの号をもっている。不昧の号は、江戸天真寺の大顛和尚(だいてんおしょう)が、無門関百丈野狐(むもんかんひゃくじょうやこ)の章「不落不昧(ふらくふまい)」から命名したもので、公は特にこの号を愛用した。17歳で襲封し、国家老朝日丹波(あさひたんば)の補佐を受けて藩政改革を行ない治績をあげた。また若くして茶を学び、二十歳で真の台子(だいす)の伝授を受けている。茶事の奢侈贅沢(しゃしぜいたく)を戒め、茶道は修身治国の資(もと)たるべきを茶道随筆「贅言(むだごと)」で説いたが、家政が豊かになるにしたがい名物茶器収集に没頭し、「古今名物類聚(ここんめいぶつるいじゅう)」十八巻の大著をはじめ、多数の書物を著している。収集の名物は代々大切にすべきを論して、品目は「雲州蔵帳(うんしゅうくらちょう)」として知られる。文政元年4月24日江戸大崎で68歳の生涯を終えた。

横着こいて・・
赤山茶道会館のHPをコピー貼り付けさしてもろた。。



ごきげんよう さようなら




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by tombee-yanaze | 2018-04-08 04:59 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(19)

桜の松江城

4月4日
午後から雨の予報にも負けず
松江に行ってきました。
目的は
松江歴史館での展示
<特別展>本能寺の変-再考 何が明智光秀を決起させたか-
が4月8日までってことで・・・

ついでに
松平不昧公没後200年祭で盛り上がる松江
ゆかりの場所を探索

午後から雨・・
ってことで先に外回りを・・

松江城Pに車を止めると・・

桜の松江城^^

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満開を少し過ぎ
ハラハラと花びらが落ちる状態^^

鯱の鱗の如き花の散る
歩地爺


桜と国宝松江城
インスタ映えしてした^^


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興雲閣を通過し


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県庁側の堀端


松江藩主松平家の菩提寺月照寺へ向かいます




ごきげんよう さようなら





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by tombee-yanaze | 2018-04-06 04:03 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(11)

石見銀山鞆ヶ浦道②

①からの続き

鞆ヶ浦道周辺の繁栄を訪ねて

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この辺りも上野千軒
遠くの独立峰は三瓶山

先人も仰ふぎし山や三瓶山
歩地爺


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本田平家跡地で一休み

本田平家は永久鉱山・田平坑(銅鉱山)の経営の他
銀鉱石の運搬請負も
なんじゃかんじゃ多角経営で
財をなしちゃったげな


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右は大きなヤマモモ
左はスダジイの巨木が並ぶ


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本田平墓所をお詣りさせていただく


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寄せ墓 先祖代々の五輪塔
後ろが古い五輪塔
古い墓からも
上から 空 風 火 水 地 が読めました

お墓にはシビキが青々



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石垣が往時を偲ばせます


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鞆ヶ浦道に戻ります


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500年を経て街道も竹藪

時を経て銀山街道竹の秋
歩地爺


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アオキ
昔は緑がなかった
だから青木


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五輪原の宝篋印塔(ほうきょういんとう)

尼子と毛利の戦いの犠牲になった者たちを
弔うために本田平家が建てちゃったげな

ここから馬路高山の最高峰弥山へ登られるげな
今度行かなきゃ


続きはあした


ごきげんよう さようなら





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by tombee-yanaze | 2018-03-07 05:30 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(10)

石見銀山鞆ヶ浦道①

世界遺産10周年記念事業
「石見銀山争奪の歴史」講座も残り二回

3月4日(日)
~上野・乙見千軒と鞆ヶ浦を結ぶ銀山街道
に参加

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8:30大国まちづくりセンターに60人が集合


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tombeeも初めてのコースに興味深々

鞆ヶ浦道は大内・尼子の時代に使われた街道
当時は製錬してない銀鉱石を運んだらしい


4班構成でバスに分乗し
どこだらわからんような場所で下車


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車道をちょんぼし歩くと


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これが鞆ヶ浦道だでなん


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ほどなく胴地蔵


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首のない地蔵を想像しちょったが・・・

馬を引く使用人が役人の目をかすめて銀鉱石を盗んだ
バレてその場で首を刎ねられた。
見せしめにの無残なな遺体が打ち捨てられていた。
近隣の村人達が不憫に思い葬って地蔵を祀った。げな


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胴地蔵の裏の椎の大木
枝を切ったりなんだりしたら
祟りがあーだげな。


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街道をちょっと外れて・・


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椿の大木
広い水田跡


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ヤギがメーメー走る
この辺りは上野千軒ててゆーて
よーけ家があった集落だっただげな


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東に広がる上野千軒
要害山(山吹城)の後ろが銀を産出した仙ノ山

山吹城を執ったものが銀山を制した
だけ・・銀山で戦をすることはなかっただでなん


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広大な敷地の奥に立派な旧家
尼子が山吹城を執ったころの山吹城の御典医だった
小笠原家
現在もお住まいでこれから先は立ち入られぬ

広大な屋敷を現在も維持されているのはご立派



続きはあした


ごきげんよう さようなら





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by tombee-yanaze | 2018-03-06 04:48 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(8)

岩山城・多胡辰敬

いやはやすげぇー風だった
海上の大荒れは今日も・・

おっとっと空飛ぶ鳶や春一番
歩地爺



おらが町の歴史講座
午後からは
多胡辰敬の岩山城


昨日といっしょで
手抜き

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多胡辰敬(ときたか)は多胡家家訓で有名


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鰐走城はtombeeの集落の要害山
牛尾太郎左衛門の城


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刺鹿神社を出発


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朝散歩では開いていないオオイヌノフグリ
陽光を受けて笑顔^^


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山陰道で分断された正面の山が
岩山城


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中電の鉄塔点検用階段
山陰道の副産物


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波根湖干拓地が見渡せる


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空堀をいくつか抜けて


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頂上


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午前中に登った段山
すぐ隣


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お伊勢山

馬場や集落
多胡辰敬開基の円光寺は
ここにあった


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こがな柱穴が数か所


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極楽寺跡
現在は麓に移築


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18日こけら落しの山陰道


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近頃見なくなったネコヤナギ

親心なぜに解らぬ猫柳
歩地爺



ごきげんよう さようなら



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by tombee-yanaze | 2018-03-02 04:38 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(10)

段山城・刺賀長信

早いもんで今日から
リールーが行ってしまう3月になってしもた

外は大荒れ・・
風の音がビュービュー唸り声
散歩は様子見かも。。


2月 24日

世界遺産学習歴史講座の一環で
地元久手町の
刺賀長信の段山城
多胡辰敬の岩山城
を訪ねた

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極楽寺に集合


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3月18日 ほんの一部区間6km開通予定の山陰道脇


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段山へ


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急な谷川も防御塁

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住居跡?

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本丸はこの先にあったらしいが
行ったことなし


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何回習ろも忘れる・・。。
今回は横着さしてもろて・・

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石垣だども判りにくいなん


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木々の隙間から立神島と波根湖
藪化しちょーだども
当時は木は一本もなかったらしい
木は燃料


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井戸の跡


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あちこちに石垣跡


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本丸分岐まで下山


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B面さんが新芽を焼いて味噌で食べると旨いという
アオキの新芽
実も赤く


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刺鹿神社で昼食


午後からの岩山城は明日


ごきげんよう さようなら



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by tombee-yanaze | 2018-03-01 06:01 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(14)

石見銀山争奪の歴史講座*尼子氏・毛利氏の争いと温泉氏*

ゆんべは柳瀬の同窓会が朝日旅館であって
まだ頭が回っちょらんだども・・・


12月14日(木)
石見銀山世界遺産登録10周年記念事業
6公民館連携の歴史講座
今回は温泉津公民館担当の
「尼子氏・毛利氏の争いと温泉氏」

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温泉郷(ゆのごう)は温泉氏(ゆしorゆのし)が
大内氏が邇摩郡(にま)を中心に支配した石見国の
温泉次郎に与えた資料あり

温泉津地域は陸上の交通の要衝だった・・「切所」
温泉津・・温泉郷にある港


大内義隆→陶晴賢→毛利の中
温泉氏は大内→陶氏→尼子氏と陣営を変えた


尼子氏が毛利氏へ降伏し
毛利氏を経て江戸幕府の支配へ


頭が回らんけこれくらいで・・

(昼食)
西田ヨズクの郷の箱寿司と
湯里男の料理教室のピザ
どちらも300円
まかったに^^


昼休みに

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湯里は第18回東京オリンピックの水泳で唯一のメダルを
とった男子800m自由形リレーのアンカーを務めた
岡部幸明さんのふるさと


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直木賞作家の難波利三さんのふるさとでもあーだでなん


13:00 温泉城(ゆのじょう)跡へ

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湯里まちセンの向かいの山98.8mがそれ


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公民館の人やらが持ち主の協力を得て
竹やら階段やらつけてごいちょってだったに


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尾根に出て・・・


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土塁や切堀跡


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郭跡


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石見銀山の方向
真下に山陰道


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矢滝城山
こっちから見ると切り立っちょーなん


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下山して・・


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山陰道を潜って


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延喜式の霹靂神社(びゃくらく)

温泉津には古い神社はないげなけ
人はこっちに多かっただげな

温泉と港ができて温泉津が栄えただに




ごきげんよう さようなら



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by tombee-yanaze | 2017-12-16 07:32 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(6)

BUNさんがやってきた*龍源寺間歩コース*

BUNさん石見旅シリーズ最終回

13:00 銀山公園発
石見銀山ワンコインツアー
龍源寺間歩コース

この日のガイドは安立さん
面の木の風さん・山小屋さんがtombeeと出会った
岩崎元郎の地球遠足・三瓶登山
東の原に下山したとき
美味しいイチゴを持って迎えてくれた
石見銀山ガイドの会の会長さんです

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初代代官多くも長安の墓というか石碑というか


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柵内の石銀地区の紅葉は最盛期^^


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銀山川に枳殻の実
カラタチの花はよく聞くが
カラタチの実は初めてかも

枸橘実(からたち)や銀山川に佇みて
枸橘や間歩より出流清き川
歩地爺


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高橋家住宅を過ぎると


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龍源寺間歩


過酷な労働を思うと
感無量

昔も今も暮らしを守るってことは大変なこと


ガイドツアーはここまで


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現在地までに二度移転した清水寺


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明治の遺構
清水谷精錬所跡


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毛利元就を祭る
豊栄神社

このまま朽ち果てるのかと心配したが・・
救いの手が入った模様


で、最後に

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城上神社の紅葉に送られて
石見を後になさいました

このあと松江・安来・・他
諸国を漫遊され
豊田へおかえりになりました



おまけ

11月21日
昨日の城上神社

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嬰児の手を差し伸べし紅葉狩り
歩地爺


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池田浄善寺の大銀杏

週末がベストかも




ごきげんよう さようなら






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by tombee-yanaze | 2017-11-22 04:26 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(16)