清治の花便り

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2018年 04月 08日 ( 1 )

明々庵

4月4日

月照寺を出て明々庵に向かう
不昧公没後200年の今年
ゆかりの茶室を訪ねててみたくなった

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園山俊二のお堀端
そういえば松江市の出身だったなあ


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消防車ではありません
観光地を回る周遊バス


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武家屋敷
田部美術館は
道路凍結騒ぎの帰りに寄った
吉田町の土蔵群の
田部家の美術館


武家屋敷をちょっこし入った高台

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なんとも素敵な空間が


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ナガバタチツボスミレが迎えてくれた

明々庵に誘ふやうにすみれ草
歩地爺


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椿も

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門の向こうに待合が見える



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これが赤山茶道会館かな?


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向かい合うように明々庵


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待合


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躙口から覗いてみる


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二畳半くらいの小間
床の間の軸は
不昧公の筆


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四畳半だったかな


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水屋


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のんとも落ち着いた空間
藩の財政が厳しい時代に
殿さまだからできた道楽


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高台の花のひとひら松江城
歩地爺



松平不昧公

不昧公寿像 宝暦元年(1751)~文政元年(1818)雲州松江藩七代藩主、幼名を鶴太郎、名を治郷(はるさと)といい、未央庵(みおうあん)・一々斎(いちいちさい)・宗納(そうのう)・不昧などの号をもっている。不昧の号は、江戸天真寺の大顛和尚(だいてんおしょう)が、無門関百丈野狐(むもんかんひゃくじょうやこ)の章「不落不昧(ふらくふまい)」から命名したもので、公は特にこの号を愛用した。17歳で襲封し、国家老朝日丹波(あさひたんば)の補佐を受けて藩政改革を行ない治績をあげた。また若くして茶を学び、二十歳で真の台子(だいす)の伝授を受けている。茶事の奢侈贅沢(しゃしぜいたく)を戒め、茶道は修身治国の資(もと)たるべきを茶道随筆「贅言(むだごと)」で説いたが、家政が豊かになるにしたがい名物茶器収集に没頭し、「古今名物類聚(ここんめいぶつるいじゅう)」十八巻の大著をはじめ、多数の書物を著している。収集の名物は代々大切にすべきを論して、品目は「雲州蔵帳(うんしゅうくらちょう)」として知られる。文政元年4月24日江戸大崎で68歳の生涯を終えた。

横着こいて・・
赤山茶道会館のHPをコピー貼り付けさしてもろた。。



ごきげんよう さようなら




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by tombee-yanaze | 2018-04-08 04:59 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(19)
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山海と山野草と鳥とヘボ


by tombee
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