清治の花便り

tombee.exblog.jp ブログトップ

蒙光山(むこうさん)月照寺

4月5日

松江城から月照寺へ

松江藩主を務めた松平家の廟が納められている古刹
家康の孫初代松江藩主直政が生母月照院の霊牌を安置して
改称復興したのが始まり
だげな
以来九代にわたり藩主の菩提寺になった寺

f0214649_04373727.jpg

f0214649_04380084.jpg

f0214649_04414190.jpg


松江藩でとりわけ著名なのは
七台の治郷(不眛)
松江藩の財政が破綻しかけとったころに
藩政の改革もしたんだろうけど
どっちかというと
道楽もしたんでしょう
茶人としての方が有名


f0214649_04431003.jpg

雷電は
不眛のお抱え力士


f0214649_04482309.jpg

初代直政の廟所


f0214649_04505583.jpg

f0214649_04510236.jpg

f0214649_04511319.jpg

七代治郷(不眛)の廟所

今年は不昧公没後200年
松江市がいろんなイベントやる予定


f0214649_04584666.jpg



飛び石の来待の石に椿落つ
歩地爺


f0214649_04585542.jpg



五代三代の廟所


f0214649_05100018.jpg


f0214649_06134464.jpg

五代宣維の横に


f0214649_05100716.jpg

初代直政の生母月照院の墓



f0214649_05101468.jpg

f0214649_05101992.jpg

四代吉透だったかな?


f0214649_06123856.jpg
f0214649_05102955.jpg

寿蔵碑(大亀)


f0214649_05103500.jpg

六代の廟所の中

大亀=龍だげな
小泉八雲の随筆に出てくるだげな


f0214649_05104871.jpg

書院で茶を戴く時間はありませんでした

明々庵に向かいます



ごきげんよう さようなら




[PR]
by tombee-yanaze | 2018-04-07 05:39 | ふるさとの山河海 | Comments(10)
Commented by mcnj at 2018-04-07 06:00 x
お早うございます。

月照寺、歴史を感じさせるる寺です。

藩の財政を立て直した、茶人でしたか。
Commented by 山小屋 at 2018-04-07 07:17 x
なかなか歴史を感じるところですね。
満開の桜が待っていてくれたようです。

Commented by 村夫子BUN at 2018-04-07 07:57 x
一寸話が反れちゃいますが西郷どんの奄美大島が月照がらみなんです。
清水寺塔頭の住職月照は尊王の僧で安政の大獄では西郷と共に井伊直弼のブラックリストに。
月照を連れて薩摩まで逃げたんですがその時斉彬が死んでしまいます。
で薩摩藩は月照を国外追放、西郷に日向の国に入った所で月照を殺せと。
困った西郷は月照と錦江湾に身投げ。
西郷だけ助かって奄美大島に島流し。
西郷はその後久光の命に背いて沖永良部島にも流されています。
Commented by だんだん at 2018-04-07 14:00 x
黒塗りの松江城に、見頃の桜でしたね。
あの桜餅が好きで、夢に見たことがあります!
月照寺には行ってません。亀には伝説がありますよね。
随分昔、明々庵で茶を頂きました。
月末に、八雲の耳なし芳一の朗読聴きに行ってきます♪
Commented by tombee-yanaze at 2018-04-08 05:07
◎mcnjさん
月照寺・・・歴代藩主菩提寺ってどこでも趣がありあすね。
財政を立て直したって言ったって・・
一方で道楽に大銭を使った人なんでしょうね。
でも遊ばなきゃ文化は育ちませんが・・・^^
Commented by tombee-yanaze at 2018-04-08 05:11
◎山小屋さん
松江藩・・親藩大名
堀尾吉晴が築城して・・そのあとは松平家
ピンクが濃い枝垂れ桜はまだ若木でした。
Commented by tombee-yanaze at 2018-04-08 05:15
◎村夫子BUNさん
そうなんですが・・
西郷どん 数多の苦難とラッキーを持ち合わせた偉人なんですね。
運がないと後世に名を残せない。
Commented by tombee-yanaze at 2018-04-08 05:23
◎だんだんさま
松江はいいとこですね。
食べ物も風景も・・街に赴きっていうか一味違いますね。
え? 月照寺行ってなかったんだ。
帰郷の折に是非どうぞ
大亀「この大亀が夜になると城下で暴れ人を食らうようになった。困り果てた住職が深夜、その大亀に説法をすると、大亀は涙を流して住職にこう頼んだという。「わたしにもこの奇行を止められません。貴方にお任せいたします」。そこで亡くなった藩主の功績を石碑に彫り込み、その石碑を大亀の背中に背負わせてこの地に封じ込めたと云う。」だげなです。
Commented by のけぼし at 2018-04-09 09:56 x
そうそう ここ行ったよ
山陰のさくらを追いかけて観ようといったのに
その年はやたらサクラが遅くて
全然見れなかった
その代わり ここでたくさんのスミレに会いました

ぶくぶくしたお茶?おかゆを飲んだような気がします。もう忘れてる。
Commented by Ayu at 2018-04-10 11:18 x
苅田神社の鳥居、テレビに出てたよ。ほんと大変だったね~。怖かったじゃろぅ~。人間様、犬様が無事で何より。
line

山海と山野草と鳥とヘボ


by tombee
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー