カテゴリ:ふるさとの歴史・文化( 91 )

旧波根湖南巡り③

続きの前に・・・
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12月19日の三瓶山西の原
17日の朝積もった雪ですが・・連日気温は10℃を越え
この日の帰りには消えちゃいました。

     三寒四温生き物の姿もなしや三瓶山   歩地爺・・三段切れだに。。


さて②からの続き
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やれやれ・・傷だらけの故郷の山河。。
税金使って不要なものを・・悲しいなん。。
この辺りの斜面には横穴がいっぱいあるだに。


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刺賀長信の居城段山城があった段山
土塁や井戸の跡が残っちょったなん。
白いハウスは森山農園のイチゴハウス
まいでなん^^


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大田から銀山に向かう古道
石見銀山を取り巻く往還道のひとつだに。


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やれんのーーー。。
インターチェンジができるだげな。


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裏から失礼・・刺鹿神社


いろんな神様が合祀されて・・・
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小さな神社は新羅神社


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元々は甲斐国の住人がこの地に勧請した八幡宮だったげな。
刺鹿神社は元は宮垣(今のJA農機具修理工場)の山にあったげな。
この山が波根湖干拓の折り、大原側の堤防の土になったため・・
ひと山なくなった。その時、ここに合祀され刺鹿神社になっただげな。


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桜の名所になった稲荷神社もあーだでなん。


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ここが表参道だに。
右に見えるのが円光寺。
多胡家家訓で有名な、岩山城主多胡辰敬が開基したと言われちょる寺だいなん。


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回線で儲けちゃった旧家本和田。
この辺りはホタルの名所だっただが・・
山陰道工事でわやくちゃして・・おらんようになっただに。。


極楽寺の前を通って・・・
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神谷山
この谷の大岩の上に苅田神社があっただげな。
苅田神社久手の波根西の氏神様。
詳細はまたの機会に。


・・・で・・・
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10kmを約3時間・・無事完歩
みなさん 元気だに^^


ごきげんよう さようなら。



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by tombee-yanaze | 2016-12-21 05:43 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(10)

旧波根湖南巡り②

①からの続きです。

①でルートを張り付けるのを忘れちょりました。
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これは波根湖のほんの半分だに。

そもそも波根湖に水が入り始めたのは4万年前だったげな。
4万年前といえば、三瓶山の火口の直径が5kmあったころ。
一番広かったのが氷河期が終わった6千年前縄文海進期
今より海面が10数メートル高かったげな。


式内社神辺神社を出て・・波根湖のヘリを歩く。
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鳥越近江堂
向こうの山は鳥越氏の鳥越城跡

荻野氏の菩提寺安養寺の本尊阿弥陀如来(近江から飛来したと伝えられる)であったが、
荻野氏滅亡後は堂塔も破損、大願を発して近江堂を建立大仏弥陀を奉遷して現在に・・・。
浄土真宗大願寺(大田)の末庵だと。


堂の裏手に地蔵堂
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釈迦世尊の弟子十六羅漢尊者(石造)を奉遷したげな。
この羅漢さん 石見銀山の羅漢寺の五百羅漢そっくり。
福光の石工坪内平七氏の作か?? 保存状態は近江堂の方が上。
五百羅漢を拝顔するのに、世界遺産登録後は500円必要だけど・・・
ここはタダですよ^^


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旧九号線の向こうから続くこの道も古道だと。
ここで高速道の山陰道が横断するんです。
傷痕の痛々しいこと。。


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俳句の先生的大先輩komuraさんちも立退き。
ちょうど屋根瓦を落として解体中

     山陰道の立退き解体冬の空
     解体の句友の家や柿ふたつ     歩地爺


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円光寺へ向かいます。
右の山は飯盛山、この後ろが大田城があった城山
全国どこにでもある飯盛山は・・・
狼煙台があった山だげな。
足助の香嵐渓の飯森山、その奥に城があったなぁ。

続きはあした。


ごきげんよう さようなら。




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by tombee-yanaze | 2016-12-20 05:38 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(10)

旧波根湖南巡り①

12月15日の座学に引き続き・・
12月17日、旧波根湖の南を巡ってきました。
波根湖一周すると17-8km
この日の歩きは約10km
久手まちセンをスタート

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旧久手中学校の傍にあった「定入地蔵」:生き仏になっちゃった人の地蔵さん。
地中で20日くらい生きちょっちゃたげな。


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この辺りはお「沖の原」てて呼ばれちょったげな。
久手の高台の方から見ると、洲があったらしい。
今は「原区」・・なるほど。久手の町ん中に原口区がある。


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長崎屋呉服店から銀山に物資を運んだ古道を通って・・
西川の踏切から上区へ・・
もうちょい行った高台を「潮淵」ててゆーちょったげな。
波根湖の水がこの辺りで日本海に抜けていた時代があったげな。


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久手町と鳥井町の境目・・・
最後に新しく干拓された「新田(にいだ)
」鳥井町だけど・・久手小学校に来ちょったなぁ。


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沢田のこの辺、一番低い場所で子供のころにはしょっちゅう浸水しちょったところ。
左手の工業団地に荻野城があったげな。


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浄土真宗説我寺
住職さんは宮脇さん。
この寺の高台に延喜式の神社がある。


その神社・・・
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神辺神社
春日造りの立派な本殿


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御神木??
幹の茶色部分は朽ちたところの治療じゃなくて・・
サルノコシカケ的キノコの菌床だげな。


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年寄りが多くて・・
上がって来てだなかったに。。



この続きはあした。


ごきげんよう さようなら。



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by tombee-yanaze | 2016-12-19 06:22 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(12)

秋の吟行*鞆ヶ浦

毎月最終日曜日は句会「薄墨」
9月25日(日)は吟行(銀の道を行くから銀行でもいいんだけど^^)で鞆ヶ浦へ
石見銀山初期の銀の積出港、世界遺産です。

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     草の花番所の跡を隠しをり   歩地爺


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     潮風の昇る坂道老蔓穂   歩地爺


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     青柿の見下ろす海や琴ヶ浜   歩地爺


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国道ができる以前の山陰道だげな。


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     鳴り砂の手から零れし秋の浜   歩地爺


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     秋暑し波打ち際に海猫休む   歩地爺


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石水山満行寺の鏝絵

     秋雲に融けし天人丘の上   歩地爺


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馬路出身の本因坊道策の碑


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     囲碁聖の生家を囲む柚子の垣   歩地爺


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鏝絵で有名な石見左官
馬路の左官は器用人

     秋の吟行鏝絵溢れる馬路の町    歩地爺



ごきげんよう さようなら。


・   
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by tombee-yanaze | 2016-09-27 04:58 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(10)

小豆原埋没林・石見銀山・出雲大社

講演と体験会の翌日
小豆原埋没林・石見銀山・出雲大社を視察

竹田会長は島根に足を踏み入れたのは今回が初めてとか。
大田理事は一度NWで西の原を歩いたことがあるとか。

小豆原の埋没林

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12年前の埋没林発掘に関わった、
三瓶自然館の中村さんが案内してくださいました。


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倒木は火砕流がなぎ倒したもの
立木は頑張ったもの


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地底に眠る4000年前の森
三瓶山直近の噴火、火砕流によって葬られた森
何度見てもすごいもんですね。

     浅き春地底に眠る縄文の森   歩地爺



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別棟の地底、3本の杉の合体木の根っこ
年輪を数えると300年だげな。


石見銀山へ移動



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街並みウォーク


      春浅き銀山の町ぶら歩き
      街並みの春告ぐ赤いポストかな
      初音聞く街に溶け込むブラハウス    歩地爺


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     菜の花の銀山の川彩りし    歩地爺



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羅漢寺のそり橋たもとすみれ草    歩地爺


龍源寺間歩に入って・・・
出雲大社へ・・・

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大社駅・・開業は明治45年、駅舎は対象13年に改築されたもの。
大社線は平成2年3月に廃線。。もう25年になるんだ・・・。

      春の日の賑わいメモリー大社駅    歩地爺



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鬼瓦の紋様はピストンロッドの形


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棟には亀さんも^^

       春の午後賑わふ声か大社駅   歩地爺

どがぞして活用しようや運動が展開し始めています。



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竹内まりあさんの実家の竹野屋


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大鳥居から参道を歩く
ぶらタモリでも歩いてましたね^^


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なぜかこの日は着物姿の女性が多かった^^
BIのkijima先生もうれしそう^^


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真ん中は神様の通り道、端を歩きましょう。


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拝殿


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八足門・・奥が本殿


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十九舎からぐっるっと・・・


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出雲大社の神様は横を向いて鎮座

素戔嗚社はきれいに遷宮を終えていました。。
平成の大遷宮が完了するのはもうすぐかな?


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御籤を結ぶ大田先生
島根に縁を結んで行かれました^^

    杉花粉簾のやうに籤結び
    春の日に籤を結びて縁結び   歩地爺


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おそらくは日本一大きなしめ縄・・儀式殿

多忙な先生方ありがとうございました。

9月にまたお会いしましょう。

今後とも、よろしくお願いします。



ごきげんよう さようなら。


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by tombee-yanaze | 2016-03-12 04:53 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(6)

波根旭山城址

かなり前のことになっちゃいましたが・・・
2月25日、大田市東部公民館の郷土の歴史勉強会第2弾・・・
波旭山城址へ
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波根の長福寺に集合


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真ん中の山が旭山城
観潮随筆上巻の石見国安濃郡為福庄波根東村覚書には・・
朝日山城てて出てくるだが、地元の人は言い伝えで
旭山城だててゆーてだげな。
ま・・昔は言葉だけで漢字は当て字だったんだろけ・・
どっちでもいいだないだろか^^


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ここも山陰道の工事現場近く。。


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この城跡もやっぱり藪漕ぎ^^

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急登だに^^


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     落椿銀争奪を語るやう   歩地爺


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岩山城より広いでなん。
でもここも山城、武器の保管もできた砦があったんだないだろか?
標高199m


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空堀2ヶ所


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藪に埋もれた三角点


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この辺りから、波根の町や柳瀬の町、鰐走城の要護山、掛戸も見えたけど・・・
藪通しで写真にはならず。。


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痩せ尾根をを通過後、先行班を見失い、別ルートで下り合流


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下山


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上川内ー神原の昔道
この辺りに三休上人が開いた長福寺があった。


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    寺のこと語るが如くすみれ草    歩地爺


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波根氏15世が立てちゃった発祥の地の石碑
波根氏の初代は、波根弾正忠泰連。15世は康正さんで東京におってだげな。


・・で、長福寺
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経堂の石見左官の鏝絵


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長福寺の寺紋は毛利家と同じ・・
一文字に三星

寺宝は元就公の陣羽織

詳しくは⇒こちら
をクリック


ごきげんよう さようなら。
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by tombee-yanaze | 2016-03-08 04:48 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(6)

久手*段山城址②

段山城続きの前に・・・
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昨日16時過ぎの三瓶山

日曜日はまたごーぎに吹雪く予報が出てますが・・・
気を付けましょう。


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掲載を忘れ著った地図。
北西の田圃部分が全部波根湖だっただに。


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ついでに城址の土塁跡など・・・


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刺鹿氏・・・戦国大名の多くがそうであったように・・・
生き延びるために、大内から尼子・・・
そして毛利へと渡り歩いた武将だっただに。
・・・で、その後の刺賀氏は・・・
長信の第三子が毛利藩に仕え幕末には長府奉行所の要職を勤めた。
明治になって刺賀商会を立ち上げ、日独貿易の先駆者となり横浜、神戸を拠点にしたげな。
長信から15代目の刺賀信雄氏は、元日本板硝子の社長から会長へ。
細川内閣時に政治改革医院を移植され・・・
要職を離れた後は一時期、刺鹿で過ごしたときがあったとか。


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大きな石を使った石垣が残った部分
城山(松山城)に至る途中に石切り場跡もあるんだげな。


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マイク持ったスタッフがまくれて落ちちゃったども・・写真がちょっと遅かったに。。


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堀切


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下りながら・・・


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久手の港やら、江谷ダムが見えたでなん。


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この辺りから来た道を下山

忘備のために書いちょくと・・・
波根湖周辺の城跡は・・・
岩山城(涼見要害山・多胡辰敬) 段山城(壇山・刺賀長信のち多胡辰敬)
鰐走城(柳瀬要害山・牛尾太郎左衛門) 六曽根城(大西入口) 
駄飼山城(金比羅山東側) 荻野城(鳥越工業団地南側・荻野慶弘) 
鳥越城(鳥越・鳥越数馬) 石弩城(鳥居町石弩・福屋兼定)
金子城(場所不詳大平針山の高浜・金子刺賀山城守長信)
こがによーけあるだいなん。


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みなさん お疲れさんでした。


TSK山陰中央テレビ、8チャンネル・・2月3日(水) 21:54~
島根県政番組「情報広場 もっと×もっとしまね」で放映されるに。
インタビューを受けたtombeeもでーかもしらんでなん^^


ごきげんよう さようなら。
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by tombee-yanaze | 2016-01-23 04:49 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(8)

久手*段山城址①

4年前にも段山に行ってお勉強したことをすっかり忘れ・・・。。
段山には行ったことがないけと思い申し込んだ。
途中から・・・一回来ただろか??

よーにつまらんよになったいなん。。

4年前の「大人の遠足 久手段山城址」はこちら(クリック)

今回も同じく・・
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・市井のとっつきから・・・


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岩山城址より少しばかり登り甲斐があるかも^^


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水が湧いて出ちょでなん。
段山の水源、江谷川の源流かも^^


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前回もアオキの赤い実があったなぁ。
アオキの新芽は天ぷらで旨かったんだっけ?? 村夫子さん。


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だいぶん埋まってしもちょるが、空堀の跡


どうやら・・・
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段山の最高点、142m


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石垣の石


下には
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二段の広いテラスが・・・
岩山城に比べると、段山城の方が広くてデカい。


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さらにテラスを下りると・・・

広いテラスにはなにがあったんだろかなん?
籠城用の館みたげなもんがあったんかも。


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井戸の跡
井戸と云っても・・・雨水を貯めた跡
もう10年もすると・・木が大きくなって埋めてしまうかも。


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木の間から・・・
立神と日本海
手前の集落は柳瀬・・・・


今日はここまで 時間切れ

この続きはまた明日。


ごきげよう さようなら。
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by tombee-yanaze | 2016-01-22 04:40 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(12)

刺鹿神社

今日は大寒。
年中で一番寒いのが今日だげなが・・・
二日前が一番寒かった。。
欵冬華:蕗の薹が出始めるころでもあるだげな。


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南岸低気圧が拵えた装飾品^^


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南岸低気圧がもたらした高潮
波根湖干拓の庄和25年、真ん中に通った構築された川、大原川
普段は蘆が映えた辺りに水はなく、堤防の高さは3mくらいはあるけれど・・・
あと50㎝水位が上がると・・干拓地の田圃に海水が入るでなん。。
こがな高潮は滅多に見んでなん。。


岩山城址を下山後のお弁当・・・
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刺鹿(さつか)神社へ


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参道の梅の花がちらほら


刺鹿神社・・・
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拝殿


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大田市久手町の地番は刺鹿〇〇番地と波根西〇〇番地
大田市になる前の安濃郡刺鹿村と波根西村が合併して久手町になっただに。
刺鹿神社は刺鹿村の氏神様
波根西村の氏神様は苅田神社

だからtombeeちは苅田神社の氏子だに。

両神社とも式内社だに。

刺鹿神社は春は桜の名所になりつつあるだでなん^^
年々立派になっちょーでなん。


宮司さんのご厚意で・・弁当場所に提供していただきました。


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お弁当タイム後、段山の刺賀城についてお勉強^^


お勉強のあと・・
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五輪の塔の横を下りて・・・
壇山へ


この続きは またあした。



ごきげんよう さようなら。
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by tombee-yanaze | 2016-01-21 04:42 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(4)

岩山城

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三瓶の職場にひと晩愛車の軽トラを置いていたら・・・・
ドアを開けるのも一苦労^^
ドア周りの雪氷を落として、思い切り引っ張って・・・
バキッと音を立てて・・・・・^^
窓を開けても・・・窓にへばりついた雪氷が立ったままだに^^
どんどん叩いたらヒビが入りました。
手で壊した窓の窓^^


1月15日(金)久々に郷土の歴史勉強会に参加
以前行ったことのある岩山(岩山城)と今回初めてだと思っていた段山(刺賀城)。
    (過去記事を調べたら・・段山にも行っちょーことよなん。。)どがもならんに。。

極楽寺Pに集合
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TSK(山陰中央テレビ)が取材に来てました。


山陰道の工事現場を横切ぎらせていただいて・・・・
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とっつき。


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向こうに見えるのが立神の日本海
手前の田圃は波根湖干拓地
重機向こうすぐ家屋は波根湖の岸辺ですね。
不要な山陰道がせっかくの自然をじゃじゃくちゃしちょーに。。
岩山城主多胡辰敬さんの嘆き声が聞こえてくるようだに。


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まげなサルトリイバラの実。


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下りにも出すけど・・・
このテラス、集合場所だった極楽寺の跡だとなん。
昔はここにあっただげな。


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堀切ちゅーか空堀の跡


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岩山城だけに大きな岩があちこちだに。
商売とはいえ・・・重いカメラ抱えて・・・
カメラマンさんも大変だに^^


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城(砦)があった頂上に着いたでなん。
平成の初めころはこがな木々は生えちょらんだったげなに。
薪炭の時代には山の木々も循環しちょっただに・・・。
世の中便利になると・・・・・・・。。
岩山の標高は96m


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掘立柱の跡
こがな穴が4つ確認できました。


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みなさんが見ている先は・・・


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石見銀山方向
左奥が矢滝城山で・・・
手前の小高い丸いのが銀を産出した仙ノ山。


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向こうの平な山が「お伊勢山」
寺社の跡や馬場跡やらがあるだげな。
岩山城のとっつきも向こうだっただげな。


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右側の窪みも掘立柱の穴だでなん。


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枯れ木の先の山が、段山
午後から行く城跡だに。


下山・・・
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ばんばん下りて・・・


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極楽寺跡
今の極楽寺はここから引っ越しちゃったもんだげな。


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フユイチゴ


山陰道をどうぞ
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重機の向こうが昭和の遺跡、瓦の登り窯跡。
みんな道路に下になーだに。
昭和の遺跡はこちら(クリック)

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佐和興連の大田城に抜ける市井方面


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工事現場の中を通してもろて・・・


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岩山城址を仰ぎ見る。


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これが現在の極楽寺。


この続きは またあした。


ちなみに・・・前回の岩山城記事はこちら(クリック)
多胡辰敬はこちら(クリック)

ごきげんよう さようなら。
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by tombee-yanaze | 2016-01-20 06:10 | ふるさとの歴史・文化 | Comments(10)